日本語教育能力の判定に関する報告(案)に対する意見

2019年11月13日(水)~2019年12月13日(金)に実施された文化庁の「日本語教育能力の判定に関する報告(案)」についての意見募集にありのすとして以下の意見提出をしました。
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日本語教育能力の判定に関する報告(案)に対する意見

令和元年12月13日

文化庁国語課日本語教育担当御中
ありのす 主宰 真野 蟻乃典
https://arinos.website/

 お世話になります。ありのす主宰の真野蟻乃典と申します。
 ありのすでは,日本語教育とその関連領域を中心とした各種情報の発信・共有を行っております。そうした視点から,また現職の日本語教員の立場から「日本語教育能力の判定に関する報告(案)」について,意見を提出いたします。

1.「1. 資格制度創設の目的」について
 本項で示されている目的に関しては概ね同意いたします。現状では日本語教育人材の質・量ともに必要性に対して充足できているとは言い難いものがあります。その理由の一つとして,社会的な認知度の低さや待遇の悪さなどから一説に「食べていけない」と揶揄されるような現象があり,日本語教育の現場でもその是正が求められております。資格化により日本語教師の社会的地位が向上し,特に国内の現場ではボランティア頼み,日本語教師の高齢化などが長らく課題とされていることから30代以下の若い世代も希望を持って参入・活躍できる安心感のある職業として定着してほしいものです。

2.「2. 資格制度の枠組み」について
 資格制度の目的・資格の名称・有効期限に関しては異存ありません。年齢・国籍・母語を資格要件としない点も賛同いたしますが,3つの中心となる要件に関しては次項以降で個別に意見を述べます。
 試験実施に係る体制整備に関しては,資格制度と同時に「公認日本語教師協会」のような業界団体を新設し,試験の実施や有資格者の登録などの管理業務を行うことが適当であると考えます。これまでは公的な資格がないことからか分野横断的な業界団体はなく,どこにどのような養成・研修を経た日本語教育人材がいるのかが不透明でした。そのため既存の団体から資格制度の運営機関を選定・指定するのではなく,しがらみのない新設の組織による多様性を生かした適切で力強い運営に期待したいと思っております。
 また,試験の実施は年に複数回・複数個所が望ましく,世界中どこにどのような状態でいても受験機会が保障されるように制度設計していただきたいと思います。

3.「3. 資格取得要件1:試験」について
 受験資格には学歴要件を設けないことに賛同いたします。提案されている3つの資格取得要件は個別に満たすことが可能であるように設計する必要があると思います。
 内容については「日本語教育人材の養成・研修の在り方について(報告)改定版」が既に取りまとめられており,そちらに基づく点に異存ありません。ただ,資格化による試験の実施が決定した場合には改めて内容案も示していただき,再度意見募集などの形を採っていただければと思います。

4.「4. 資格取得要件2:教育実習」について
 教育実習の履修を必須要件とすることに関しては概ね賛同いたします。これまでの養成では現実の日本語学習者と全く相対することなく修了し,日本語教育人材として活躍する者も少なくはなかったことから,日本語教育現場での指導や研修に過大な負担がかかっていた面があります。最低限修了している内容が可視化されることにより,今後の現場の初任者対応が想定しやすくなるのではないかと思います。ただし,多様な現場が実在していることから,特定の学習者を想定した実習が主となるのであれば,複数分野に係る実習を必須としていくことなども検討していく必要があるのではないでしょうか。

5.「5. 資格取得要件3:学士」について
 資格取得要件に学士以上の学位を有することを求めることは大筋での理解・一定の賛成はいたしますが,実際には短期大学での養成課程が存在しており,専門学校や通信制大学などの多様な進路が想定されていない点など,若い世代の参入を阻む要素が含まれています。
 また,次項「6. 経過措置」で登録される公認日本語教師の中には「公益財団法人日本国際教育支援協会が実施する日本語教育能力検定試験に合格した者」(告示基準第1条第1項第13号ハ)や海外の大学等を卒業した者など,学士,修士又は博士の学位を有していない者も含まれることから,機会の不平等が生じることも懸念されます。学士要件を原則としつつも,実務経験や社会人経験などを加味できる道や資格の区分を例えば一種(学士あり),二種(学士なし)とするなど柔軟な措置を求めます。

6.「6. 経過措置(「日本語教育機関の告示基準」に定められた教員要件を満たす者の取扱い)」について
 現行の告示基準に基づく教員要件を満たす者の経過措置は必要であると考えますが,無条件で移行できるものではなく,何らかの条件は設けたほうがよいと思います。

7.「7. 更新講習の要件」について
 資格取得後にも更新講習の受講を義務づけることに関しては賛同いたします。ただし,講習内容と実施方法については報告案でも示されているように慎重な検討が必要であると考えます。
 講習内容では,公認日本語教師制度以前から日本語教育に従事している者が相当数含まれることから資格取得時からの経過年数と実際の経験年数が一致しないことが想定されるため,一律の講習ではなく幅広い受講者に対応できる質の高い講習の実施体制構築が求められます。そのためには,更新講習を担当する講師に対する研修も検討されるべきではないでしょうか。
 実施方法では,海外や日本国内であっても特に地方等においては講習実施機関が生活圏に存在しないことが想定されるため,初回更新講習実施時からオンラインによる受講が可能であることを強く求めます。また,受講料等の更新に係る費用に関しても受講が必須要件となるのであれば資格取得者に過度の負担とならないよう一定の配慮は必要ではないかと思います。教員免許更新制で指摘される現状と課題をつぶさに点検していただけますようお願いいたします。

8.「8. 日本語教師の資格の社会的な位置づけをどのようにすることが適当か」について
 質の高い日本語教育を提供する人材を公的に証明する制度は必要なことと思います。そのために,名称独占の国家資格として公認日本語教師を登録し,広く社会に輩出・貢献していくことも重要です。しかし,日本語教師が活躍できる分野・業界は多岐に亘っており,一つの資格で包括的に専門性を証明できるものでもないと考えています。ゆえに,公認日本語教師で示される専門性の範囲を明確にし,その先に「日本語教育人材の養成・研修の在り方について(報告)改定版」等で区分される分野ごとのより高度な専門性を示す二階建て以上の制度として設計することが望ましいのではないでしょうか。それにより他業界からの要請にも応じやすくなるなど,社会的な位置づけも明確になると思います。

9.その他意見
 従前から審議されていたとはいえ,やや拙速に事を運んでいるようにも感じます。「高度公認日本語教師」など公認日本語教師資格を基礎資格としてより高度な専門性を規定する資格にしていくなど将来的にも検討する余地を残しておくとよいのではないでしょうか。
 また,現行の法務省告示をもって定められた日本語教育機関においては資格の真正性の立証資料として「改姓により証明書の名前と現在の名前が異なる場合には,改姓の証明書も提出する」ことが求められるため,公認日本語教師の資格取得を証明する書類の発行にあっては旧姓の表記・併記に関しても議論していただければ幸いです。
 最後に繰り返しにはなりますが,公認日本語教師という日本語教師の資質・能力を公的に証明する資格制度が創設され,日本語教育人材の社会的地位が向上するのであれば,現状を鑑みても反対する理由はなく,大枠では賛成・歓迎いたしております。また,資格化に向け日本語教育小委員会での審議等に日々ご尽力いただいている状況に感謝いたしております。
 一方で「個人の資格」を可視化することにより個体能力主義やメリトクラシーに回収されうる静的な日本語教育能力観を下支えする可能性があることに危機感も抱きます。公認日本語教師制度の創設を機に日本語教育とは何かを再考する機運が高まることを祈り,わたしの意見提出とさせていただきます。

以上

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