お世話になります。ありのす主宰の真野蟻乃典と申します。
ありのすでは,日本語教育とその関連領域を中心とした各種情報の発信・共有を行っております。そうした視点から,また現職の日本語教員の立場から「日本語教育人材の養成・研修の在り方について(報告案)」に関し,意見を提出いたします。
●日本語教育人材に関する現状と課題
1.現状について
日本語教師の養成に係る機関・担当教師・受講生は増加しているが実際の国内の日本語教師数ではボランティアが最も多く,また,20代,30代の教員が最も少なく高齢化しているとの現状が示されています。こうした現状が課題の一つであると考えるのであれば,養成・研修の在り方としては30代以下の若い世代が日本語教師としていかに参入・活躍していけるかを含めて検討していかなければならないと思います。
報告案では,このたび施行された法務省告示基準に基づく日本語教員の要件としての専門性が示されていますが,告示基準では短期大学での養成課程が存在するにも関わらず学士号以上を要求している,専門学校や通信制大学などの多様な進路が想定されていないなど,若い世代の参入を阻む要素が含まれています。
一方でシニア世代に対しては日本語教育とは全く異なる分野であっても学士号以上を有する者であれば年齢制限もなく420単位時間の研修を受講するだけで教員資格を満たせることから参入しやすくなっていると考えられ,養成講座の後押しもあり,今後もその傾向は続くのではないかと思います。
また,副専攻課程相当を想定したであろう日本語教育能力検定試験の合格者にあっては学歴不問で資格要件を満たすのに対し,短期大学での「日本語教育に関する課程」の履修が日本語教員の資格要件として不足すると考えられているのであれば,検定試験の中の学士号に相当するものを示す必要があると思います。このような課題のある法務省告示基準を専門性の拠り所にするのであれば,その内実についても慎重に比較検討していくべきだろうと考えます。
「ライフステージに沿った日本語教育が求められている」(p. 2)のは学習者だけではありません。日本語教育人材にとってもそれぞれのライフステージやバックグラウンドに沿った養成・研修の在り方を検討していただきたいと思います。
2.課題
指摘されている課題については異存ありません。
3.日本語教育人材の整理
日本語教育人材を広く捉えている点,活動分野別,役割別,段階別に整理した点については異存ありません。しかし,その区分には次のような疑問が残ります。
まず役割に関して,日本語教員を養成,初任,中堅という三区分で示されていますが,現実には区分間を行ったり来たりしながら成長していくものであり,厳密な区分はできないと思います。また,同じ分野であっても機関によって担う役割は異なってくることを考えれば,養成段階と初任段階の橋渡しとしての採用が決まった時点での着任段階の研修が必要ではないかと思います。特に初任段階においては,個々人の成長の仕方も異なってくるはずであり年数で規定することは難しく,中堅段階に至る過程で〈一人前〉の教師になる成熟段階が訪れているはずです。また中堅段階にあっても,その後必ずしも日本語教育コーディネーターの役割を担うとも限らないことから,(すべての教員が到達するわけではないにしても)中堅の先に熟練段階を想定しておく必要があるのではないかと思います。そのように考えると成長の段階を三区分に押し込むのは少々無理があるのではないでしょうか。
次に日本語教育コーディネーターに関して,初任段階の分野別で想定されていた「児童生徒等」に対応するコーディネーターが示されていないことは疑問です。
最後に日本語学習支援者の想定に関して,現状と課題でも示されていたようにボランティアがその中心的な役割を担っているものと考えられます。ボランティアに「専門性」を要求するのであれば,ボランティア頼みの現状を許容することにならないでしょうか。また「専門性」を持つ支援者と持たない支援者という序列を生み出したり,「専門性」を持たない支援者を排除したりという動きに繋がらないかも心配です。
全体を通して「能力を持っている」「知識を持っている」という曖昧な表現が目立ちます。能力や知識を獲得できるという個体能力主義的な養成・研修観にも疑問を抱きますが,持つことができるとして,具体的にどのようなものなのかが示されておらず,結局のところ,研修を実施する機関がそれぞれの解釈で行うことになるのではないでしょうか。段階を追って知識が積みあがっていくという文型積み上げの発想から抜け出せていないようにも思います。そうであるならば,報告案で検討されている日本語教育人材を統括する「高度日本語教育人材」を規定し,日本語教育業界全体を牽引する者として強く存在感を示していただきたいと思います。養成・研修と言う割にロールモデルが少なすぎると感じています。
また活動分野では国内における難民や高度人材に対する日本語教育,海外における日本語教育なども想定していたように読み取りましたが,分野ごとの資質・能力で示されている各表からはそれらを読み取ることができませんでした。報告案で示されているいずれかの分野に包括するものとして捉えているのであれば問題ではないかと思います。
さらに初任段階において,例えば日本語教育機関の教員は「留学生」に対する専門性を軸にした養成・研修の在り方が示されています。しかし「留学生」であれ「生活者としての外国人」の一員であるはずですし,日本語教育機関に「生活者としての外国人」「児童生徒等」が通学することもあります。そのような想定がないままに日本語教育機関の教員は「留学生」に対する専門性を持つ者として養成・研修が進められるのは疑問です。
分野ごとの専門性を鍛えることが重要であることには同意しますが,一方で専門性を細分化することによって更なる分野間の分断を引き起こす可能性も否定できません。「日本語教育」という総体・業界をどのように考えるか,といった視座をいかに養うかも重要な課題ではないかと思います。
全体を通して,教育課程編成の目安が示されている点は良いと思います。ただし,養成を修了した人材が日本語教員となる前提で研修が組まれていますが,養成を経ていわゆる日本語教育業界に参入しない場合も多くあります。また,一度参入して去っていく人材,再度戻ってくる人材もいます。そのような者も日本語教育人材であることには変わりありません。いわゆる日本語教育業界の外から日本語教育に関わる(あるいはまったく関わらない)者を日本語教育人材として想定していないのは残念です。示されている日本語学習支援者とも異なった人材としての活躍の場と養成・研修を想定していただきたいと思います。
また,大学等での教員養成課程では教育実習1単位以上が必修となりましたが,養成段階が日本語教員を目指す者として多様な現場を想定したものであるならば,実習先もそれぞれの関心・進路に合うよう機関内だけではなく,日本語教育機関や小中学校・高校,NPO法人,企業内・地域日本語教室,海外教育機関などを手配するべきではないかと思います。
最後に,特に示されている初任段階以降にあっては,教育課程編成の目安が示され,研修プログラムの実施が推奨されたとしても,すべての機関でその機会を提供することは難しいと考えられます。研修プログラムの開発・実施に対する助成や援助も必要になるかと思います。現状,日本語教員の役割・業務の幅は広がっています。研修の必要性は多くの機関が理解・認識しているはずですが,思うようにその機会が提供できていないことを考慮すると,それを個々の日本語教員がどこまでを担うべきなのか,「日本語教育人材」とは誰のことなのか,さらに議論を深めていく必要があると考えます。